「太陽は天から消え、不気味な暗闇がこの世を覆っていった」。これは、古代ギリシャの詩人ホメロスが紀元前8世紀ごろに書いた「オデュッセイア」に登場する描写です。英雄オデュッセウスが、トロイヤから祖国ギリシャへ戻るまでの10年間を語った大叙事詩で、ホメロスの作品では「イーリアス」と並ぶ傑作と言われています。その中で、オデュッセウスが見たと記された冒頭の現象。歴史家や古典学者の間ではある時期まで、これは皆既日食だったという説が定着していました。古文書の記録により、紀元前に皆既日食が起きたのは1178年4月16日の一度だけだったことが立証されていたからです。これが、オデュッセイアの物語の時代と重なっているのです。
また西暦2008年6月には、アメリカの大学教授が「オデュッセイア」に記された天文学的な記述を詳しく調べた研究論文を公開しています。それによれば、目撃記述の前に皆既日食が起こる必須条件である新月が出ていなかったことや、金星が明るく輝いていたことなど、4つの条件がそろっていました。
ただ作者のホメロスは、この描写が出現した時代よりかなり後世の人物です。実際の皆既日食を見たことのない者が、それを描けるはずはないという説を提唱する学者もいるのです。しかし、何も起きなければ「太陽が消える」という描写は登場しなかったでしょう。オデュッセウスは何を見たのか…謎の解明は現在も続いているそうです。
さてもうひとつは、「ほぼ真実」を語れるお話です。旧約聖書「エゼキエル書」の第一章に登場する描写「北の方角から激しい風と巨大な雲が湧き出て、その周囲は眩しく輝き、炎を吹き出し、その中に琥珀金のように輝くものがあった」です。予言者エゼキエルが見たモノは、まさに地球外から飛来したUFO。NASAの元研究員が、こうした記述からUFOの復元設計図まで作成しています。この真実は極めて明快。古典学をまったく知らない、UFOマニアたちのいわば都市伝説です。彼らはエゼキエル本人がその光景を目撃したと思い込んでいるようですが、「エゼキエル書」は後世に多くの人間の手で書き加えられているのです。あること、ないこと、様々なエピソードが追加されていき、原本がどうだったのか現在では調べようがなく、実際にエゼキエルが何かを見たとしても、異星人の宇宙船という説はかなり無理があるようです。
また、この描写に登場する「琥珀金」がヘブライ語で「エレクトロン」と言うことから、「古代人は電気を使っていた」というお話がありますが、これも都市伝説。電気=エレクトロンは、静電気が発見された近代以後に使われるようになった言葉なのです。
様々な古い文献に登場する様々な記述は、純粋な学問の研究対象になったり都市伝説の元ネタになったりします。これはまさに、人間の探究心の深さ豊かさではないかと、わたしは思います。