2012年9月23日日曜日

タヌキとウサギのとても深いお話


日本の五大昔話のひとつに挙げられる「かちかち山」。日本の昔話は、実際に語り継がれる伝説や神々の時代の物語を色濃く反映しており、長い歳月、数多くの学者が研究を続けています。今回は、知れば知るほど惹き込まれる、「かちかち山」の深いお話を語ります。

 

物語の内容を詳しく記すと長くなるので省略しますが、簡単に紹介すればこんなお話です。正直者のおばあさんを亡き者にした悪いタヌキを、正義の味方の白ウサギが懲らしめる…日本人には広く知られた物語ですね。かちかち山の原型とされる最古の文献は、「ムジナの敵討」という物語です。ただ、このお話には後半のウサギの登場がありません。実は「ムジナの敵討」の後に発刊された「ウサギ大手柄」なる絵本が、かちかち山の後半になったという説があります。つまり、ふたつのお話を繋げたのです。江戸時代の頃までは、かなり不自然だったふたつのお話の集合物語を、現在のような形にしたのが巌谷小波(いわやさざなみ)でした。近代日本児童文学の創設者で、「日本のアンデルセン」と言われた文学者です。現在語られるかちかち山の物語は、巌谷がふたつのお話を整理し、彼自身の創作も加えた内容という説が、多くの学者に指示されています。

 

その一方で、さらに深い説を主張する人もいます。「かちかち山」は複数のお話の集合体ではなく、「古事記」に記された神話から誕生したという説です。例えばウサギがタヌキの萱(かや)に点ける「火」、タヌキが泥の舟で沈んでしまう「水」、またウサギがタヌキの背中に塗る辛子味噌は「神螺風(からし)」という文字で「風」を表し、古事記に神の象徴として記されているのです。これを「古神道」といいますが、かちかち山にそこまで深い意味を追及する人は少ないと思いますけど…はたして?

 

少し変わった解釈では、あの太宰治がオリジナルの「かちかち山」を書いた事はご存知でしょうか? 彼は児童文学としてはその内容があまりにも残酷だと考え、ウサギを16歳の女性に、タヌキを彼女に憧れる中年男性に置き換えて独自の物語にしています。その舞台となった富士河口湖町に建つ太宰の記念碑には、タヌキ、いえ、中年男性が泥の舟で沈むときに叫んだ言葉「惚れたが悪いか」が刻まれております。

 

日本の昔話に秘められた深いお話。さて、みなさんはどの説を指示しますか?

2012年9月8日土曜日

彷徨う霊魂のメッセージ


1968年、アメリカ・ボコタの警察署にひとりの男性が出頭し、2年前にこの街で発生した殺人事件の犯人は自分だと自白しました。出頭の理由を聞かれた男性は、こう答えます。「最近、被害者の女性が毎晩枕元に現れる。警察に行き罪を償ってもらわないと、わたしは天国へ行けないと囁かれ、恐怖に耐えられなくなった」。この女性はナタリアという名前で、事件発生当時白い服を着ていましたが、警察の報告書には「赤茶色」と記入されるほど刺されて亡くなったのです。実は男性が出頭した年の初めごろから、事件後無人となった家の二階の窓に立つ彼女の姿を、多くの町民が目撃していました。そして、男性が逮捕された後は、窓際に立つナタリアの姿は二度と目撃されませんでした。

 

亡くなった人の霊魂が、その意思を伝えようとした事例は日本にもあります。1977年の夏の夜、埼玉県内にある防火用貯水層の近くを車で通った男性が、そこに立つ黒いセーター姿の女性を見掛けます。真夏にセーターなので、彼はとても不思議に思ったそうですが、そのときはそのまま通過しました。まもなく、「貯水槽の近くに幽霊が出る」という話が広がり、異臭も漂い始めて、12月に変わり果てた女性が発見されました。魂が抜けて1年近く、暗い貯水槽の中に放置されていたその身は、黒いセーターを着ていたそうです。

 

アメリカと日本、どちらも実際に起きた出来事であり、紛れもない現実なのです。また、テレビやラジオからコンタクトする霊魂の存在を信じる人々もいます。電子機器を介した霊界との交信を「インストルメンタル・トランス・フェノメナ」と言い、トーマス・エジソンもその装置の研究に取り組んでいたそうですよ。

 

不思議な現実、霊魂のメッセージ。亡くなった人は何も言えない…なんて考えるのは、少し浅い思考なのかもしれませんね。