優しい眼差し、口元に湛えた僅かな微笑み、そして柔らかく重なる手。世界中の人々に知られる肖像画は、また、数多くの謎が見る人を惹き付けるのです。そこで今回は、「モナ・リザ」のふたつの謎に関して語ります。
モナ・リザは1503年から2年間、フィレンツェの教会でレオナルド・ダ・ヴンイチにより製作された事実以外、何の記録もありません。「記録魔」と言われるほど自身の活動に関して多くのメモを残したダ・ヴィンチが、モナ・リザの記録を何ひとつ残してない事から、様々な謎が生まれたのです。その最大の謎が、「モデルは誰か?」です。
それに関しての唯一の資料は、1550年に発刊された「芸術家列伝」という本の記述です。「フィレンツェの富豪フランチェスコ・デル・ジョコンドのために、彼の妻モンナ・リザ(リザ夫人)の肖像画を引き受けた」と書かれており、これが長い間、モデルは誰かの定説になっていました。しかし、ダ・ヴィンチが完成した肖像画をジョコンド氏に渡さず生涯手元に置いた事と、「芸術家列伝」自体がダ・ヴィンチの没後30年以上過ぎて書かれた事実で、近年、この定説の信憑性は低くなっています。
20世紀になって提唱されたのが、実はモデルは男性で、ダ・ヴィンチ本人ではないかという驚くべき新説です。1986年、アメリカの研究所でモナ・リザとダ・ヴィンチの自画像をコンピュータ画像で重ねたところ、顔の造形がほぼ一致したのです。2007年10月には、モナ・リザの眉も発見されており、さらにこの説を裏付けました。モナ・リザがダ・ヴィンチ独特の世界観で描かれた彼の自画像だとすると、もうひとつの謎「背景」の説明もできるのです。
ダ・ヴィンチが活躍した16世紀は、「肖像画の時代」とも言われます。数多くの画家が、競って高貴な身分の人々を描きましたが、その背景は必ず「人物が存在する空間」でした。つまり、モデルが立つ部屋や庭園などです。モナ・リザはどうでしょう。真ん中に位置する人物の右と左の風景がまったく異なり、地平線さえ一致していません。研究家によれば、向かって右側が現在の風景で、左側は水の浸食作用で出現する未来の大地だそうです。水の循環や浸食などの自然観、そこから発展させた「人の命の源」という世界観を、ダ・ヴィンチは自画像に描いたと言われるのです。
モデルは誰か? 肖像画らしくない背景の理由は何か? 様々な新説が提唱されても、それらは仮説の粋を超える事はありません。モナ・リザは永遠に謎の微笑みを湛え続け、それに惹かれる人々の解明も続くのです。
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